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さて再び運河地図で場所の確認からしたいと思います。赤い線が今までクルーズした運河、緑色がこれからのルートです。 次に通過する大きな街Birmingham を目指していますが、Wolverhamptonから行かずにStourbridge経由で行く事にしました。 South Staffordshire railway廃線跡の遊歩道の下も通りました。 いくつかロックを通りましたが、その内の一つAwbridge lockは幽霊が出るのだとか…。そんな雰囲気は全く感じられませんでした。ロックで一段下がりボートをロックから出してゲートを閉じないといけないのですが、壁の小さな切れ目から乗り降りして、頭を橋のアーチにぶつけないように階段を駆け上がり、ゲートを閉じて、また壁の小さな切れ目からボートに乗るという、障害物競走のようなロックでした。 でもロックとロックの間は1m前後離れているだけなので、上から来たボートと下から来たボートがすれ違うスペースは全くありません。通常ロックキーパーがいて交通整理とロックワークをやってくれます。 下記のリンクは2つ目のロックに入る所からの動画です。 Bratch Locksの次はBumble Hole Lock、このすぐ近くにパブがありますが、私のナローボートライフの中でも1番思い出の深いパブです。 長くなりますが… かれこれ10年程前の話ですが、60代の日本人のご夫婦を乗せて10日間のクルーズでした。目的地はストークオントレント、なので今とは逆方向に向かっていました。 このStafford&Worcester運河の終点はStourportで、セバーン川につながっています。 そのStourportで隣りに停泊したボートは10年前には珍しい女性1人のシングルハンドでした。アンディ曰く「あの人は男だ」と言うのですが、ピンクのタンクトップを着て、胸もあったし、背は大きいけど、そう言う人はいくらでもいるから女性でしょ。と思っていました。それから3日間の間、ランチ休憩や1日の終わりの停泊地も同じで、抜かされたり追いついたりする度に窓から笑顔で手を振り、小さな会話を交わすようになりました。 アンディは「あれは絶対に男だ」と引きません。お客様もご主人は「男だ」奥さんは「女性でしょう?」と私達のボートでは意見は2つに分かれていました。 1日の終わり、夕食を食べる為に、ここBumble Holeのパブに来ました。お天気も良いし、私達もプーク(犬)が一緒だったので、お庭のテーブルで食事する事にしました。(ちなみに10年前までは私達も飲んでOKだったのです) 運河のトウパス沿いでパブの敷地との境目には低い木のフェンスがあるだけで、運河を行き交うボートがよく見えるようになっています。私達はほぼ中央に位置するテーブルに陣取って食事を食べ終え、ほっと一息ついていました。 私達の他にもお庭でこのお天気を楽しんでいるカップルも何組かあり、運河に近い場所ではテーブルを3つもくっつけて、体格の良いビール腹の男性たちが十数人のグループで大声で笑いながら楽しそうに飲んでいました。 するとラブラドールに引っ張られて散歩している若い、露出度の高いお洋服のグラマーな女性がトウパスに現れ、ビール腹の男性達は彼女に口笛を吹いたりしています。私達は「酔っ払いだなぁ」と見ていました。すると彼女のラブラドールが私達のプークに気付き、スゴイ勢いでパブガーデンの入り口から私達のテーブルに駆け寄って来たので、彼女はハイヒールも脱げ、胸がポロリとするくらいにガーデン入り口で派手に転び、すぐさまビール腹の男性グループが駆け寄って彼女を助けました。彼女の犬は私達のテーブルに来てプークの匂いをクンクン嗅いで尻尾を振っています。 彼女はラブラドールを引っ張って2つ先のテーブルに腰掛けて身なりを整えています。 すると向こうから見慣れた人がビールを持って私達のテーブルにやって来ました。 「顔見知りがいて嬉しいわ!一緒に座っても良い?」 男性か女性かわからないボートの人です。 私は「どうぞ、どうぞ!」と言うと同時に彼女はアンディとお客様のご主人の間に腰掛けました。私達のお客様も全く知らない人じゃないし、真実を知るチャンスができて嬉しそうです。 アンディは関わりたく無いので、困った顔をしていました。 「私の名前はリアンよ。いつも窓から手を振ってばかりだったから、一緒に飲めて嬉しいわ」 私達もそれぞれ自己紹介をして、握手しましたが、その時、大きな男の人の手だと思ったのを覚えています。 お客様とも「日本のどこから来たの?」「イギリスはどう?」「ナローボートのクルーズで見る風景は、普通の旅行では見れないイギリスの景色よ」などリアンが会話をリードします。私は通訳に必死でした。いろいろ話しをしていくうちにリアンの方から 「私ね、性転換手術を受けたのよ。男性として結婚もしてたし、子供もいたけど、このまま自分を偽って一生終わっていいのかずっと悩んでいたの。それで性転換手術の決断して家族に話したら理解してもらえなくて、親友だと思っていた人達も皆私から離れて行ったわ。仕事も辞めて、家も出て、家族も居なくなって、今はボートで一人暮らし、新しい仕事を見つけて女性として人生をやり直し始めたところよ。新しい仕事になって初めての2週間のホリデーなの。北ウェールズの水道橋に行こうと思ってるの」 何だか重たい話、お客様に全部通訳して、「たくさんの辛い時を乗り越えてきたんだね。」と日本チームみんなでリアンの決断を讃え励ましました。 すると、あのグラマーな女性がワインを片手に私達のテーブルにやって来て、 「ここのテーブルの方が面白そう、仲間に入っても良い?」 「えっ? あの…どうぞ」 わたしの横に腰掛けました。お客様はポカンとしているので、「このテーブルが楽しそうだから加わりたいそうです」と説明し、ご主人の方は笑顔でウェルカムです。そして皆また自己紹介です。グラマーな彼女は「私はエミリー、ポールダンサーよ」 「ポールダンスって、棒に絡まって踊るやつ?」 「そう、夜の仕事だから昼間はジムに行ったりエステに行ったり、今日はボーイフレンドとここで待ち合わせなの」 私はお客様に通訳です。 するとガタガタガシャーンと音が聞こえ、音の方向を見てみると、エミリーのラブラドールがくくりつけてあったリードでテーブルごと引っ張って私達の犬プークを目指してやってきます。 すごいパワーの犬です。プークは私達の顔をチラチラ見上げてどうすれば良いのか困っている様子。アンディがプークに「ステイ」というとお座りしてテーブルを引っ張ってくるラブラドールを見てました。 若いウェイトレスさんがテーブルから倒れたグラスやお皿を拾いに飛んできました。 エミリーが立ち上がり、ラブラドールをテーブルから外して私達のテーブルに連れてきました。プークとラブラドールはテーブルの下で犬同士で何か話しているようでした。 テーブルの上ではエミリーがリアンに「聞こえちゃったんだけど、性転換手術受けたの?」 「そうよ、失ったものも多かったけど、得たものも大きいわ。これも手術で手に入れたしね!でも本当はもう少し大きくしたいの。」と言って笑いながらリアンは自分の胸を指差しています。 「ちょっと触っても良い?」エミリーがテーブルから身を乗り出してリアンの胸を触りながら、「私もこれ豊胸手術したのよ。仕事上ね、大きい方がウケるから」 「えっ、そうなの!」と言って、2人はテーブル越しにお互いの胸の感触を確かめています。 私達のお客様は一体何がどうなっているのか、早く説明して〜!という目で私を見ているので、私は必死で実況中継的に彼らの会話を通訳しました。 アンディは目のやり場に困って、そっぽ向いています。目立つ2人のこの行為はパブガーデンでくつろぐ人達の注目の的になっています。 すると今度は普通の若い男性がドリンクを2つ持って私達のテーブルにやって来ました。 エミリーがすかさず「私のボーイフレンドよ」 彼はアンディの横に腰掛け、アンディはやっと普通に話せる人間が来たと思って彼と会話をし始めました。少しの間リアンとエミリーは豊胸手術について情報交換していましたが、エミリーのターゲットが今度は私に向き、「日本人の黒髪って憧れるわ」私の髪を撫で始めました。すると急に立ち上がって私の背後に立ち、私の髪を編み込みにしていきます。 何だかよく分からないけど、Noと言えない日本人で、されるがまま。 しばらくするとお客様の奥さんが、私に小声で「あの人どうして泣いてるの?」と聞きました。 「えっ?」とその方向をみるとエミリーのボーイフレンドが、アンディの横でボロボロ涙をこぼしています。 アンディは少々困ったような暗い顔をしていました。 「私にもわかりません。後でアンディに聞いてみます」とお客様にはお答えしました。 アンディは立ち上がり、「ドリンク買ってくるよ。飲みたい人いる?」と聞きましたが、みんな「まだあるから大丈夫」との事だったので自分の分だけ買いに行こうとすると、リアンが「待って私トイレに行く。」2人でパブの中に入って行きました。 リアンが先に戻り、アンディがドリンクを買って戻って来た時にはエミリーは私の髪の編み込みを終えて、ワインを飲んでご機嫌です。 私は予期せぬ出来事の連続とその実況中継的な通訳でくたびれてしまったので、お客様に「アンディが飲み終えたら帰りましょうか?」と提案しました。 アンディに、飲み終えたら帰る事を伝えると、5分以内には1パイントをさっさと飲み終えて、リアンに「僕達ボートに戻るけど、どうする?」と聞いています。 結局リアンも少し残っていたドリンクを飲み干して、私達はエミリーと彼女のボーイフレンド、プークはラブラドールにさよならをして、ボート組は一緒に停泊場まで歩いて帰りました。 翌日はAutherley Junctionなので、リアンはShropshire Union運河へ、私達はStafford&Worcester運河をそのまま北上なので、別々になります。リアンは最後の夜に一緒に飲めて良かったとご機嫌でした。 お互いこの先のロックを頑張ろうと握手して別々のボートに入って行きました。 ボートに帰った後で何故あの男性が泣いていたのかアンディに聞くと、 「仕事は何?という話しになってさぁ、彼は退役軍人になったばかりで仕事を探しているって言ってたんだ。アフガニスタンから帰ってきて辞めたらしい。そしたらアフガニスタンの事をどんどん話し始めて、友人が目の前で撃ち殺されたり、トラックを爆破されて亡くなった友達もいるとか言って泣き始めたんだ。どうしようかと思ったよ。」 「それよりもさ、僕がドリンク買いに行ったらリアンがトイレに行くってついてきただろ?女子トイレに入って行ったから安心したけど、1人でカウンターで注文の順番を待ってたら、ローカルの体格の良いグループの1人が隣にピッタリくっ付いてきて、「お前は歓迎するけど、お前のテーブルの連中は歓迎できないな」って言うんだよ。喧嘩売ってきてるみたいで、すごく怖かったけど、もう殴られるの覚悟で「僕は好きであのテーブルの人達といるので、歓迎してもらわなくてもいいよ」って言ったんだ。 リアンみたいな人は苦手だったけど、彼の、いや彼女の話しを聞いて僕自身がちょっと変った気がするよ。今までリアンみたいな人達は僕には関係ないし、違和感もあるし避けて来たけどさ、自分でも「歓迎されなくて結構」って口から出た時にはすごく怖かったけど、何か自分の中で変わった気がしたんだよ。リアンはいつもあんなやつらのターゲットにされるのを覚悟してるんだろ?逆にエライよな。だからボートに戻る時、リアンをあのパブに置いて行ったらヤバイと思ったんだ。守ってくれそうなソルジャーはベソかいてるしね。何だか疲れたね。これから先も今日の事は忘れられないだろうね。」 「うん、濃い1日だった。疲れたね」 翌日の出発は私達が先でした。リアンのボートを通り過ぎる時、彼女はパジャマ姿で窓からニコニコと手を振って「Safe Journey!」と言っているのが口の動きでわかりました。 以来、運河でリアンと出会う事は今だにありません。 リアンに会ってから実際にアンディは変わりました。今はマリアという性転換手術をした知り合いもいるし、私は一緒にお茶したり、アンディも普通にお話しします。 性的マイノリティの人達の苦しみ、戦争で心が傷ついてもがいている人達、身体や見かけを売りにして一生懸命生きる人達、みんなそれぞれ肩に重い荷物を背負って一生懸命に生きています。その一生懸命さをコミカルに軽いタッチで笑いにして受け入れ、前を向いて生きていく人達を温かく描くイギリスのコメディ映画が、目の前で実際に起こったかのようでした。 そんな訳で、Bumble holeは思い出深い場所です。 今日はここに停泊。 リアンはどうしているかしら? エミリーは10年経った今も踊っているのだろうか? ボーイフレンドはアフガニスタンのショックから立ち直って新たな仕事をしているかしら? プークは天国へ行っちゃったけど、あのラブラドールは歳とって落ち着いたかな? いろいろな事を思いながら、今日は1人ボートでワインを飲んでます。
by captainpook
| 2020-07-27 04:02
| お一人様クルーズ
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